序文

日本版への序文

   出発点は、日本だった。 私は創業間もない頃からグーグルを丹念に観察してきた。非常にニュース価値の高い企業だと感じ、この会社を題材に本を書きたいと常々思っていた。しかし、すでに多くの本が出版されていて、独自性のある本を書くにはどういうアプローチで臨めばいいか考えあぐねていた。グーグルから招待されて、若手のプロダクトマネジャーたちの外国視察旅行を同行取材する機会を得たのは、そんな2007年の夏のことだった。
最初の訪問国が日本だった。日本を訪ねたことは何度もあったし、2001年にはジャパン・ソサエティーのメディアフェローとして2カ月滞在したこともあった。しかし、若き「グーグラー」(グーグルで働く人たちをこう呼ぶ)たちの目を通して日本を見たという点がそれまでと違った。
新鮮な経験だった。一緒に日本の企業を訪ね、日本の起業家たちと会い、秋葉原で買い物を楽しむことを通じて、グーグルの人々がどのようにものを考え、行動しているのか、何を重んじ、どのように世界を見ているのかを知った。そういう「内側の視点」で本を書いたらどうだろうと思い始めたのは、この日本での経験がきっかけだった。

こうして出来上がったのが、あなたがいま手にしているこの本だ。
本で必ず取り上げようと思ったテーマのひとつが、グーグルの国外事業だった。今やグーグルは収益の半分以上をアメリカ国外で得ていて、世界中で積極的にサービスを展開し、事業を拡大しようとしている。本書では、とりわけ中国に1章を丸ごと割いた。グーグルの中国での経験は、この会社が国外の拠点をどのように運営しているかという点だけでなく、不愉快な検閲行為に手を染めなければ活動を許されない国で、どのような道徳上の試練に直面したかという点でも非常に興味深い。
一方、日本ではインターネット界の巨人グーグルも苦戦を強いられ、ネット検索市場で長年、ヤフージャパンに次ぐ2位に甘んじていた。しかし2010年、この最大のライバルと提携を結び、グーグルの検索エンジンがヤフージャパンで採用された。これにより、グーグルは日本のネット検索市場で圧倒的なシェアを握るトップ企業になった。ただし、契約期間満了後にヤフージャパンがほかの検索エンジンを採用する可能性があるという意味で、その地位は決して安泰とはいえない。
日本で成功するためには、日本の消費者の心をつかむのが最善の道だ。それに成功すれば、ヤフージャパンがほかの検索エンジンに乗り換えても、ユーザーはグーグルを利用し続けてくれるだろう。

2011年3月11日の悲劇の後、グーグルはこの点で大きく前進した。東日本大震災が発生してすぐ、グーグルは被災者の安否情報を掲載する「パーソンファインダー」というウェブサイトを立ち上げた。2010年のハイチ大地震で初めて提供されたサービスである。グーグルはただちに、このサービスを日本の携帯電話にも対応させた。さらに、写真共有サービスの「ピカサ」を利用して、行方不明者の氏名が記された貼り紙の写真をユーザーが撮影してオンライン上にアップできるようにした。グーグルの社員や一般ユーザーがその画像を見て氏名を書き写し、「パーソンファインダー」に登録した。最終的に、このサイトには60万を超す人の氏名が掲載され、多くの人が家族や親戚、友人の消息を知るのに役立った。また、グーグルはグーグルマップを活用して災害の記録を残した。
この会社がこういう行動を取るのは意外でない。本書で記したように、2008年の春節(旧正月)に中国が大雪に襲われたときも、同様の取り組みを行っている。それでも、震災後の活動により、日本におけるグーグルのイメージが大きく向上したことは間違いなさそうだ。

本書の脱稿以降、実に多くのことが起きた。エジプトでグーグルの幹部が旗振り役の1人になった民衆革命により、ホスニ・ムバラク大統領の長期独裁政権が倒れた。アメリカの連邦取引委員会(FTC)は、ネット検索とオンライン広告におけるグーグルのビジネス手法が反トラスト法(独占禁止法)に違反していないか、正式な調査に着手した。
本書で「エメラルドシー」というコードネームで紹介したプロジェクトは、2011年6月に「グーグル+(プラス)」という名前でサービスを開始すると、多くのユーザーを獲得し、フェイスブックを脅かす存在とまで言われている。さらにグーグルは、スマートフォン(高機能携帯電話)市場での特許紛争の激化に対応するねらいで、1万7000件の特許を保有する携帯端末メーカーのモトローラ・モビリティを125億ドルで買収した。
印刷後に、本来なら本の中で触れたかった出来事が起きるのは、現存の企業や存命の人物をテーマに本を書く人間の宿命だ。書き手にできるのは、読者が新たな出来事について判断する助けになる材料を本の中に記すことだけだ。本書がそういう一冊になっていることを願いたい。
縁あって本書を手に取った日本の友人の皆さんがグーグルの世界に足を踏み入れ、この特筆すべき企業について理解を深めてもらえれば幸いだ。


スティーブン・レヴィ


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